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この世の外からの声~マショー:ノートルダム・ミサ

09 7月

マショー:ノートルダム・ミサ
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 最近はあまり聞かれなくなったが、J.S.バッハは「音楽の父」である、という言い方が、ひと昔前までは流通していた。バッハの偉大さは無論言うまでもないが、これはけっこうすごい表現で、バッハ活動以前、つまり西暦1700年より前に奏でられていたり書かれていたりした音楽は、すべからく音楽以前、ということになってしまう。むろんそんなことはまったくなく、この言い方をもう少し正確かつていねいに直すならば、せめて「西洋近代音楽の父」、ということになるだろうか。もちろん、「近代音楽」も定義には注意が必要で、決して「それ以前の音楽はより原始的かつ未熟である」ということを意味しない。 

 たとえば美術においてフラ・アンジェリコの画がセザンヌに比べて「未熟」である、などと誰も思わないし、そんなことを言ったら笑い物だろう。時代に応じて表現は変化してゆく、という当たり前のことが芸術の歴史を形づくっている。前の時代の芸術は参照項、乗り越えるべき対象と見なされるかもしれないが、「先にやったこと」のオリジナリティと表現の力は、後代の芸術がいかに「進化」したとしても、決して揺らぎはしない。

 ビートルズの“ヘルプ!”という叫びと、レディオヘッドの“ロータス・フラワー”の痙攣したビートとの間には途方もない変化と進化の時間が流れたが、どちらかの優劣を問うことはまったくナンセンスだ。ビートルズは1960年代中葉の、レディオヘッドは2010年代初頭の、それぞれのリアルをその時代の最先端の表現で歌っている、それだけのこと。あとは優れた表現として、歴史のふるいにかけられて残ってゆくかどうかだ(きっとどちらも残るだろう)。

 「クラシック音楽」もまったく同じことで、バッハ以前にどれほど豊かな、すばらしい音楽が生み出されてきたことか!だいたい、流れた時代は「バッハ以前」の方が「バッハ以後」より少なく見積もっても3倍以上長い。ではなぜバッハがかつて「音楽の父」と呼ばれたかといえば、これは19世紀以降に形成された音楽史観の影響がとてつもなく大きいわけだが、ここに深入りするとこの話だけで今回の原稿が終わるので、そう指摘するだけにとどめる。

 前置きが長くなったが、中学2年の頃のバッハに目覚めた僕がそんなことを思うはずもなく、ただ「バッハがこんなに素晴らしいなら、それ以前の音楽はどうだったのだろう」という好奇心から、バッハ熟聴するより先に音楽史を前へ前へと遡行していった。そのときに大いに助けられたのは皆川達夫さん、服部幸三さんという偉大な音楽史学者の大先達のおふたりの著作であり、NHK-FMで朝6時から放送されていた「バロック音楽のたのしみ」というお2人が案内役の名番組だった。

 もっと正確に書くならFMを聴き始めるほんの少し前に、皆川達夫さんの『バロック名曲名盤100』というガイド本を読んで、これがしばらくの間、聖典だった。この本はその名に反して中世・ルネサンス音楽にも多くのページを割いていたが、前述のFM番組同様「バロック」という言葉で代表させているのは、1970年代の音楽史認識を端的に表している。ヴィヴァルディやテレマンの存在によってバロック音楽はある程度親しまれているだろうが、それ以前の音楽なんて言われても読者もリスナーもピンとこないのではないか…という制作者側の判断だろう(ちなみに皆川さんの本は1992年の改訂版では時代の変化を反映し、『ルネサンス・バロック名曲名盤100』と改題された)。

 で、皆川さんの本に紹介されていた音楽の中で、どうせならとことん古いものを聴いてやろう、と思って買ったLPが、14世紀フランスの作曲家、ギョーム・ド・マショー(1300頃~1377)の《ノートルダム・ミサ》。アウグスト・ヴェンツィンガー指揮バーゼル・スコラ・カントルムの演奏だった。

 これに度肝を抜かれた。冒頭の「キリエ(あわれみたまえ)」という文句が歌い始められた瞬間、飛びあがらんばかりにびっくりした。まったく聴いたことのない、異様な響き。最初、現代音楽かと思った。しかし、不思議な調和と安定があり、聴き手を決して不安や混乱に陥れることがない。僕はミサ全6章が終わる頃には完全にこの音楽に魅了されていた。以後、早起きしてFMをむさぼるように聴き、グレゴリオ聖歌、ペロティヌス、デュファイ、ジョスカン・デ・プレ、ジャヌカン、ジェズアルド、モンテヴェルディ、ダウランド、ブクステフーデ、クープラン…と、続々といにしえの巨匠たちの音楽に耳を開かれていった。

 で、マショーってどういう人よ!と言われたら、僕は「クラシック音楽史上最初の大作曲家」と答える。このあたりは今、山梨英和大学でやらせていただいている講座の内容とかぶってくるのだが、だいたい16世紀末までの「クラシック音楽」の歴史は、ほぼキリスト教音楽の歴史と言っていいくらい、教会の典礼や礼拝と深く結びついている。その出自から「歌う宗教」であったキリスト教は、ローマ帝国以降のヨーロッパにおける最初の強大な統一国家であるフランク王国の治下、グレゴリオ聖歌で聖歌の統一をはかり、音楽を「楽譜」という形で書きとめることで、口伝の曖昧さを徐々に排し音楽を「作品」化していった。古代ギリシャの音楽理論を援用しながら、音楽は理論化、体系化されてゆき、それが「クラシック音楽」のその後の未曾有の発展の礎となった。この欄で紹介した伊福部昭もマーラーもバッハも、この時代の音楽なくしては考えられない。

 9世紀ごろにだいたい原型が形づくられたグレゴリオ聖歌は、それ以前に各地で歌われていた伝統的な聖歌の集成・標準化であり、作曲家の存在が重視されない「読み人しらず」のものばかりだが、12世紀後半~13世紀前半にパリを中心に咲き誇った「ノートル・ダム楽派」の時代の音楽になると、その生涯は不明ながらレオニヌスやペロティヌスといった作曲家の名前が現れてくる。教会の音楽とは別に、吟遊詩人たちの歌も楽譜に残るようになる。そして14世紀になると、フィリップ・ド・ヴィトリとマショーという2大作曲家が、やはりパリに登場する。

 理論家で控えめなキャラのヴィトリに対し、詩人でもあったマショーは強い自意識の持ち主だったようで、自分の作品を集成して豪華な写本にしたり、60代で19歳の娘と恋愛した体験談を物語にしたり、なかなか強烈なお人である。「私は表現者である」という意識を強く前面に出し、なおかつ作品の質がエポックメイキングに優れている、という意味で、マショーを「史上最初の大作曲家」と呼びたいのである。

 で、その強烈な人の強烈な代表作が《ノートルダム・ミサ》。ミサというのはローマ・カトリック教会における聖体の秘跡の典礼である。イエス・キリストが「最後の晩餐」でパンとぶどう酒を自らの肉と血に擬し、来るべき十字架上の死が人々の罪の贖いのための天に捧げる犠牲の死であることを語られた、そのことを想起し感謝を捧げる意味合いを持つ。この典礼の要所要所で歌われる聖歌を、はじめてまとめて一人の作曲家が書いた(それまではバラバラに書かれていた)、その記念碑的な作品が《ノートルダム・ミサ》なのだ。全体はキリエ(あわれみの賛歌)、グローリア(栄光の賛歌)、クレド(信仰宣言)、サンクトゥス(感謝の賛歌)、アニュス・デイ(平和の賛歌)、イテ・ミサ・エスト(閉祭の歌)の6章からなる。

 この頃、音楽は、グレゴリオ聖歌に聴かれる単旋律音楽(ひとつのメロディだけで歌われる/奏される音楽)から、複数の声部を重ね合わせるポリフォニーへと変化していた。《ノートルダム・ミサ》では声部の数は4つに増えているが、ここには、「声を重ね合わせる」ことへの感動と喜びが満ちあふれている。ハモるとは、なんとすばらしいことだろう!という喜び。響きが違うのは、僕たちが慣れ親しんでいる三度の響きや調性とは異なるシステムで書かれているからで、このあたりを説明しはじめるとまた長くなるのだが、要するに古代ギリシャ、ピュタゴラスの音楽理論を源流とする旋法システムによっているのだ。これは、宇宙は数の論理によって組み立てられた秩序であり、音楽もまた数の論理に厳密に従っていることでその秩序の反映となる、という考え方で、その数理的な調律法に従うと五度とか四度のような、現代の耳からすると硬く緊張した響きこそが理想的な美しい響きとして導き出されるということになる(ピュタゴラス調律によると三度の響きは濁る)。さらにイソ・リズムやホケトゥスといったこの時代独得のリズム法や音楽手法が、また新鮮な驚きをもたらす。

 その硬質な世界は、そう、画にたとえるならルネサンス以前のゴシック絵画を思わせるだろう。あるいは建築なら、ノートル・ダムやケルンの大聖堂の様な、ゴシック期の、天をつくような建築を思わせるだろう。それは宇宙の、神の秩序そのものであり、この世の外から響いてくる声が、作曲家によってとらえられた、そんな印象をもたらすのだ。こういうところから順々に時代を追って聴いていくと、バッハという人が「それまでの音楽」の最後の偉大なまとめ役だったということがわかってくる。でもそのことは、また別の機会に。

 演奏は、僕が最初に聴いたヴェンツィンガーはさすがに古いし(でも感動的だった)、今や入手困難だろう。ここではザ・ヒリヤード・アンサンブルというイギリスの超絶的な声楽団体の録音を推しておく。これももう四半世紀も前の録音だが、恐ろしいほどの純度の高さで、この曲をまずストレートに知るためにはもってこいだろう。《泉のレ》《わが初めはわが終わり、わが終わりはわが初め》というマショーの世俗音楽が、いっしょに収められている。後者は歌詞を反映し、真ん中のパートで歌われる旋律を、上の声部と下の声部がそれぞれのやり方で逆に歌ってゆくという、知的遊戯の極みである。とても「未熟」どころの話ではない、最高の洗練だ。これを聴いたら、次はアンサンブル・オルガヌムの演奏(Harmonia mundi France)にトライされたい。こちらはブルガリアン・ヴォイスのような、地声まで駆使した強烈な発声で、衝撃度はいっそう大きいだろう。14世紀に実際に鳴り響いていた歌声は、むしろこちらに近いのかもしれない。典礼全体の再現を意図しており、グレゴリオ聖歌を間にはさみながらの演奏。最近ではカンデル指揮アンサンブル・ムジカ・ノーヴァの演奏(AEON)にも感心した。オルガンの独奏を挿入するのも目新しいし、ムジカ・フィクタという当時の楽譜の読み方を援用しているので、響きまでが違う。古ければ古いほど、音楽学と想像力のせめぎあいが、自由な演奏の可能性を拓く。「クラシック音楽」のちょっと面白い逆説である。

Text by 矢澤孝樹

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マショー:ノートルダム・ミサ
ザ・ヒリヤード・アンサンブル(Hyperion CDA66358)

1.Kyrie (キリエ)
2.Gloria (グローリア)
3.Credo (クレド)
4.Snctus (サンクトゥス)
5.Agnus Dei (アニュス・デイ)
6.Ite missa est (イテ・ミサ・エスト)

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投稿者: : 2012年7月9日 投稿先 1.Classic(クラシック)

 

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