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チェット・ベイカー・シングス / チェット・ベイカー

13 12月

チェット・ベイカー・シングス / チェット・ベイカー
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 人の声は個性の塊である。器楽奏者はそれを否定しようがなく、それをどこかで羨(うらや)んでいて、もっといえば妬(ねた)ましく思っている部分すらある。個性的といわれるバイオリニスト、トランペッター、ギタリスト、ピアニストその他様々な器楽奏者はいるが、奏でられたほんの数音を聴いただけで「誰だ」と特定できるプレイヤーはそう多くない。(いや、いないと言っているわけではない) だが、ボーカリストであればワントーン(第一声)でわかることに何の不思議もない。 

 わかりやすい例をあげるなら、桑田佳祐や松任谷由実の声を思い浮かべてみよう。彼らが自作曲ではなく君が代を歌ったとしても、その歌声が誰のものであるかは瞬時に判断できるだろう。そう。ことほどかように肉声は個性の塊なのだ。

 高校時代、器楽奏者に溢れた環境に身をおき、私自身もその中の一人(打楽器奏者、ドラムス奏者)という立場でジャズを聴き始めた私は、自然とジャズ・コンボなどの楽器を中心としたジャズ・ミュージックに傾倒していった。器楽奏者はいかに指が速く動くか、いかに難しいパッセージを難なく奏でられるか…ということに心血を注ぎ、聴く側もそれを期待する。

 かたやボーカルの場合はどうであろう。歌を聴いてそのテクニックに圧倒されることはある。しかしそれ以上に、その人の声の持つ表情や、その質感の心地よさに身を任せ、酔いしれている部分があるのではなかろうか。2つと同じものがない唯一無二の個性たる声だからこそ、このような楽しみ方も広がるのだろう。

 今回紹介する一枚は、そんなボーカル界の中でも特に個性が強い男性ジャズ・ボーカリストでありトランペッターでもあるチェット・ベイカーの代表作「チェット・ベイカー・シングス」である。

 チェット・ベイカーは、ロス・アンジェルスを中心に白人ジャズマンが活躍するウエスト・コースト・ジャズ(クール・ジャズ)を代表する一人。(前回記事「アート・ペッパー・ミーツ・ザ・リズム・セクション / アート・ペッパー」も参照) ジェリー・マリガン・カルテットで注目を集め、一時はマイルス・デイビスよりも人気のあるジャズ・トランペット奏者だったチェット。このアルバムはそんな彼のボーカルをフィーチャーした作品である。

 チェットが紡ぎだすボーカルの魅力は、なんといってもその儚(はかな)げで、けだるく物憂げな…つまりアンニュイで、そして頼りなげな雰囲気である。フランク・シナトラの朗々と歌う姿をジャズ・ボーカルの王道とみなすなら、チェットのスタイルは対局にあたるかもしれない。しかしその飾らない語り口、技巧に走らないシンプルな歌唱、少し舌っ足らずな発声、そのどれを取ってもワン・アンド・オンリーな独自の世界を築きあげている。

<#1.ザット・オールド・フィーリング>
 オープニングは軽快なナンバー。軽やかなトランペットの前奏につづくチェットの粋な歌唱で一気にアルバムの世界に引き込まれる。

<#2.イッツ・オールウェイズ・ユー>
 ジミー・ヴァン・ヒューゼン作曲のスロー・ナンバー。ラス・フリーマンの地味ながら味わい深いイントロが渋い。呟くようなチェットのボーカルと、間奏のトランペットの対比が絶妙。

<#3.ライク・サムワン・イン・ラヴ>
 続いてもジミー・ヴァン・ヒューゼン作曲で有名なスタンダード・ナンバー。余計なフェイクを交えず、メロディーに忠実なチェットの歌唱が気持ちいい。

<#4.マイ・アイディアル>
 チェレスタのキュートな音とベースのアルコ(弓弾き)、そしてチェットのイントロがこのテイクの印象を決定づけている。夢の中を漂うようなチェレスタ。そこに乗るボーカルとトランペット。この鍵盤楽器のチョイスは見事というしか無い。

<#5.アイヴ・ネヴァー・ビーン・イン・ラヴ・ビフォー>
 作曲ジョージ・ガーシュイン、作詞アイラ・ガーシュインの兄弟作品として有名なスタンダード。ロングトーンが多いこの曲を、不安定な音程で紡ぐチェットのボーカルが愛らしい。

<#6.マイ・バディ>
 本アルバムの中では比較的リズミックで、テンポ感のあるミディアム・ナンバー。オープニングではリリシズム溢れるチェットのトランペットを長く聴くことができる。

<#7.バット・ノット・フォー・ミー>
 ここで再びガーシュイン兄弟によるあまりにも有名なスタンダード曲。ドラムスの滑らかなブラシ・プレイも含め、地味ながら趣味のよいリズムセクションのバッキングが効いている。

<#8.タイム・アフター・タイム>
 フランク・シナトラのナンバーとして有名な1曲。終始抑えめなバックに乗って、滑らかなチェットのボーカルが堪能できる。

<#9.アイ・ゲット・アロング・ウィズアウト・ユー・ヴェリー・ウェル>
 ここで再びフリーマンがチェレスタでイントロを奏で、テーマに入ったところでピアノに移る。高音域に入った時のチェットの声が切なく響く。

<#10.マイ・ファニー・ヴァレンタイン>
 リチャード・ロジャース作曲作品として不朽の名作。本テイクは、この曲の代表的な名唱・名演とされている。約2分20秒ととても短いが、それでいて味わい深いほのかな余韻が残る。

<#11.ゼア・ウィル・ネヴァー・ビー・アナザー・ユー>
 少し元気なミディアム・ナンバー。全編に渡り、4人が奏でる一体感が小気味いい。エンディングはカデンツァで締め括る。

<#12.ザ・スリル・イズ・ゴーン>
 チェットが歌うテーマの裏で、チェットのトランペットが対旋律のように絡む、オーバー・ダビング(多重録音)による作品。ライブでは再現不可能だが、アルバムとしてはとても楽しめる。
 
<#13.アイ・フォール・イン・ラヴ・トゥ・イージリー>
 フランク・シナトラの代表曲として有名だが、そのスタイルとはまったく異なるボーカルで臨むチェット。こんな頼りなげな歌い方をしながらも、ジャズ・ボーカルの帝王に対してチャレンジングであることが伺える。

<#14.ルック・フォー・ザ・シルヴァー・ライニング>
 「銀の裏地を探してごらん」と、ものごとの明るい面を積極的に見ようと語りかける歌詞が目を引く。こんな前向きで明るい曲でアルバムを締め括るところに好感が持てる。

 とにかく上記のとおりズラリと並んだスタンダード・ナンバーを見てほしい。それまで手垢がつくほどに歌い尽くされた名曲の数々に、新たな風を吹き込むべく颯爽(さっそう)と挑む若きチェット。その結果はどうであったか。彼はそれらの曲を見事に自分のカラーに塗り替え、自己のスタイルにまで昇華させて一枚のアルバムに仕上げたのである。

 更にレコーディング風景を切り取ったアルバム・ジャケット写真に注目してほしい。それまでのジャズマンといえばスーツにネクタイが定番だったが、ここでのチェットは白いTシャツにジーンズ姿。まるで永遠の少年を思わせるジェームズ・ディーンのようなスタイルである。そこに端正で甘いマスク。そしてこの切なげな歌声。女性ファンが夢中になるのも頷けよう。

 しかし真に注目すべきは、彼がジャズ・ボーカルの古き良き伝統を踏襲せず、自己のスタイルを作り上げたところにある。ヤワなやさ男のように見えて、実は骨太でアバンギャルド。チェットのボーカルはそんなワン・アンド・オンリーな輝きを、発表から半世紀以上経た今なお放ち続けているのだ…。

 [ライター:三森勝仁(KatsuhitoWeb)]

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Chet Baker Sings / Chet Baker (Pacific Jazz)

 1.That Old Feeling (L.Brown, S.Fain)
 2.It’s Always You (J.V.Heusen, J.Burke)
 3.Like Someone In Love (J.V.Heusen, J.Burke)
 4.My Ideal (N.Chase, R.Whitning, L.Robin)
 5.I’ve Never Been In Love Before (F.Loesser)
 6.My Buddy (W.Donaldson, G.Kahn)
 7.But Not For Me (G.Gershwin, I.Gershwin)
 8.Time After Time (S.Cahn, J.Styne)
 9.I Get Along Without You Very Well (H.Carmichael)
 10.My Funny Valentine (R.Rodgers, L.Hart)
 11.There Will Never Be Another You (M.Gordon, H.Warren)
 12.The Thrill Is Gone (L.Brown, R.Henderson)
 13.I Fall In Love Too Easily (S.Cahn, J.Styne)
 14.Look For The Silver Lining (B.DeSylva, J.Kern)

  ・Vocals and Trumpet : Chet Baker
  ・Piano and Celesta : Russ Freeman
  ・Bass : James Bond (on 1-6)
  ・Bass : Carson Smith (on 7-14)
  ・Drums : Peter Littman (on 1,2,5)
  ・Drums : Larance Marable (on 3,4,6)
  ・Drums : Bob Neal (on 7-14)
                              [Recording Date 1954.02.15, 1956.07.23, 1956.07.30]

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投稿者: : 2012年12月13日 投稿先 2.Jazz(ジャズ)

 

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