RSS

1600年代のビバップ~ブオナメンテ:3つのヴァイオリンのためのソナタ

11 10月

初期イタリアのヴァイオリン音楽 / ムジカ・アンティクヮ・ケルン
» 初期イタリアのヴァイオリン音楽 / ムジカ・アンティクヮ・ケルン

 たぶん当連載にこれまで登場した作曲家の中でも、もっともマイナーな名前だろう。ジョヴァンニ・バッティスタ・ブオナメンテ(?~1643)。17世紀初頭、マントヴァやアッシジ、ウィーンで活躍したヴァイオリニストだが、生年不詳というくらいあって、その生涯についてはあまり情報が残っていない。なぜこの人を登場させたのか。それについては、少しばかり僕個人の想い出話におつきあいいただくことになる。あ、いつもか。 

 大学に入って、僕はチェロを始めた。音色が好きだったし、弦楽器を弾いてみたかった。僕の入った大学にはかなり有名な学生オーケストラがあったが、とても今からじゃマーラーやチャイコフスキーは弾けんでしょう、と思っていたので、これもその世界では割と有名なバロック・アンサンブルに入った。バロック音楽はバッハ《ブランデンブルク協奏曲》の回で書いたように、この頃には僕の大フェイヴァリット音楽になっていたし、通奏低音パート(これについては後述)なら弾けるかも、と考えたのだ。

 それが甘かった。弦楽器、何と難しいのだ。とにかく右手と左手がまるで別の動きをしなくてはならないのをまったく統御できない。冗談だろうと思われそうだが、今、青工会10月例会のために踊りの練習を僕と共にされている方なら、即座に頷かれることであろう。とにかく苦労の連続でちっともうまくならず、初見にはついていけず、ひいひい言いながらアンサンブルの末席を汚していた。あの頃を知る皆さん、どうか私の記憶を最大限美化して、愚かな姿は極力抹消してください。

 しかし、もう大学も3年になってから、同学年の友が渡してくれた楽譜を弾いて、突然目から鱗が落ちた(冷静に考えるとこの表現気持ち悪いな。どうでもいいけれど)。なんと弾きやすいのだ。運指がまるで音楽に導かれるように自然に進み、気がつくと上声部との対話を感じとれている。曲はアルカンジェロ・コレッリ(1653~1713)のヴァイオリン・ソナタ作品5の7。この偉大なローマのヴァイオリニストの音楽は、僕をバロック音楽の真の喜びに目覚めさせてくれた。イタリアは弦の国というけれど、弦楽器の生理を知り尽くし、もっとも効果的に響き、語り、歌うようにする術に長けていたということがはっきりと理解できた。さすが、コレッリの頃から数えても100年くらい前に、現在の形のヴァイオリンの元祖を生み出した国だけある。

 僕がおそらくサークルに入って初めて「楽しそうに」弾いているのを確認した友人は味をしめ、続いてコレッリよりも半世紀以上古い、いわゆる初期イタリア・バロックの室内楽に誘った。フレスコバルディ、チーマ、ジョヴァンニ・ガブリエッリ…さらに未知なる音楽の新鮮さに僕はすっかり興奮した。公の演奏会で彼と数人の仲間でこのあたりのレパートリーを弾いたのが、僕の4年間のバロック・アンサンブルにおける(あくまで相対的だが)ベスト・パフォーマンスだったかもしれない。4年の最後の演奏会で、皆でコレッリの合奏協奏曲作品6の4を弾いたのも、忘れられないけれど。そうして気がつけば、バロック音楽、特にイタリアのバロック音楽は、僕の音楽物書きにおける中心軸となっていた。出会わせてくれた友人、そしてバロック・アンサンブルの皆さんには、心から感謝している。数々のご迷惑をおかけしましたが…。

 以上、想い出話は終了。
 じっさい、僕が出会った初期イタリア・バロック音楽は、本当に面白い。バロック音楽というとバッハやヴィヴァルディら、18世紀の完成した姿がどうしてもまず頭に浮かぶが、誕生したばかりの17世紀初頭のバロック音楽は、新しい音楽が今まさに生まれでようとする、熱い創造的カオスの只中にある。それまでのルネサンスの、神様の元にある調和のとれた静的な姿から、より人間的な感情の表出に主眼を置いた、ドラマティックな音楽へ。複数の声部が対等に扱われ、主従関係なく織りあげてゆくポリフォニー空間から、通奏低音というベース・ラインを足場に、上の声部が奔放かつ感情豊かに語り、歌う「音の劇場」へ。そして教会旋法から、その後の音楽を支配する調性の成立へと移行する中で、長調―短調の対立軸が明瞭となり、いわばカラヴァッジョの画のような光と影の強烈な対比が音楽にもたらされる。このような革新的変化の中で、モンテヴェルディのような偉大な作曲家が現れ、誕生したばかりのオペラというジャンルに《オルフェーオ》という不朽の名作を書き、教会音楽においてもそれまでのルネサンス音楽とはまったく違う、華麗で劇的な大作《聖母マリアの夕べの祈り》を書いた。

 これらモンテヴェルディの大作には、主役たる独唱や合唱を存分に引き立てる、多彩な楽器が用いられている。前述のヴァイオリン属をはじめ、リコーダー、コルネット(ツィンク)、トロンボーン(サックバット)、ヴィオラ・ダ・ガンバ、チェンバロ、オルガン、等々…。そう、17世紀は、「楽器の世紀」でもあった。前世紀までは、舞曲の伴奏や祝祭のファンファーレのような機会音楽を別とすると、楽器の音楽はあまり目立たなかったのだが、16世紀後半、楽器製作の進歩と共に、急速にその音楽的可能性が追求され始める。模範とされたのはまず神から与えられた楽器たる人間の「声」だったが、その「声」を理想としつつ、楽器たちもまた自らの「声」を探し求めていた。おそらくヨーロッパ音楽史上最初の、楽譜に残されたヴィルトゥオーソたちの音楽が、音楽の表舞台に登場してくる。その中でも最大の存在は鍵盤音楽の巨匠フレスコバルディだが、フォンターナ、カステッロ、チーマ、マリーニ、ウッチェリーニ、ファリーナ等々、実に多彩な顔触れの演奏家(ヴァイオリニストが多い)兼作曲家が登場してくる。彼らの生涯は往々にしてあまりわかっていないことが多いのだけれど、残された作品は実に雄弁に、それぞれの個性をはっきりと伝えてくれる。宗教曲や歌曲の旋律を楽器で華麗にパラフレーズした「ディミニューション」、緩急様々に変化する小部分が連なった「ソナタ」、当時の流行り歌や舞曲の低音進行を基にした「フォリア」「ラ・モニカ」「ロマネスカ」「ルッジェーロ」といった変奏曲など、いずれも短いながら新鮮な発想と大胆な実験精神にあふれ、「これが本当に400年前の音楽?」と思わずにはいられない。むしろその後の洗練・様式化が進んだバロック音楽よりも、斬新に聴こえる瞬間が多々ある。その印象は、これらの音楽が持っている豊かな即興性によって、いっそう強調される。通奏低音にも上声部にも、即興の余地が存分に与えられており、むしろそれを存分に活用して曲に生命を吹き込むことが演奏者に求められている。クラシック音楽というと「楽譜通り弾かねばならない」というイメージがどうしても強くなるが、この頃から始まるバロック音楽の時代は、むしろ即興と作曲とがバランスよく共存していた。初期イタリア・バロックの器楽曲は、その最初のほとばしりである。バロック音楽とジャズとは、その即興性を通じての親近性がよく語られるが、初期イタリア音楽は、その表現衝動の激しさと発想の豊かさ、スピード感において、さしずめチャーリー・パーカーやディジー・ガレスピーらが主導したビバップの音楽を髣髴とさせるのではないだろうか。

 僕がこれらの音楽に目を見開かれた頃、友人が聴かせてくれたのが、ドイツの古楽グループ、ムジカ・アンティクヮ・ケルン(以下MAK)の『初期イタリアのヴァイオリン音楽』というアルバムだった。ヴァイオリンにせよチェンバロにせよ、過去の作曲家の生きた時代に用いられていたのと同タイプの楽器(オリジナルそのままだったり、オリジナルを基に現代の製作者が新たに製作した楽器だったり)を使い、当時の奏法を用いる、いわゆる「ピリオド楽器」演奏の最先端に長く君臨した名団体だ。その演奏は復古主義や懐古趣味とは遠く、先鋭にして強烈。1978年の録音ながら、この時代の器楽曲の録音として、いまだ鮮度を失わない名盤である。まだルネサンスの名残があるジョヴァンニ・ガブリエリのソナタ、牧歌的なフォンターナ、奇想系のファリーナ、荘厳な《パッサカリア》の一方でこだま効果を利用した《エコー》のような実験的作品や、高速で突っ走る《ラ・モニカ》のような名品を書いたマリーニ。どれも多彩で実に面白いが、白眉はラストに収められたブオナメンテの《3つのヴァイオリンのためのソナタ》だろう。順番に現れて大きな見得を切り、歌い交わし、すすり泣き、激昂する3本のヴァイオリン。わずか6分弱の間にくり広げられる「言葉のないオペラ」は、音楽が感情表現に大きく一歩を踏み出した時代の、小さいながら忘れ難い記念碑だと思う。そしてMAKの、曲の内容を完璧に把握しつつ即興性を存分に発揮した演奏あってこそ、この曲の真価は発揮されたのだと思う。

 この名盤は長らく部分的にしかCD化されず、もどかしい思いをしていた。一昨年から、タワーレコードの復刻CDシリーズの企画監修に加わらせていただいて、この録音を始め、MAKの「幻」となっていた録音を次々と復活してもらい、解説を書かせていただいている。中でもこの録音を復活させることができたのは、本当に嬉しかった。自分が関わった盤を紹介するのは少々おこがましいのだが、ふたたび世にこの名演が流通するという喜びを、多くの方々と分かち合いたいと思い、ここにご紹介しておく。

Text by 矢澤孝樹

—————————————————————————————————-
初期イタリアのヴァイオリン音楽 / ムジカ・アンティクヮ・ケルン (タワーレコード – アルヒーフ PROC-1135)

【収録曲】
1. G.ガブリエリ:3つのヴァイオリンのためのソナタ
2. S.ロッシ:「アリア・ディ・ルッジェーロ」による高音楽器のためのソナタ
3. G.フォンターナ:3つのヴァイオリンのためのソナタ
B.マリーニ:
4. 4声のためのパッサカリア
5. 「ラ・モニカ」による高音楽器のためのソナタ
6. 3つのヴァイオリンのためのエコー
7. カプリッチョ
8. C.ファリーナ:3声のためのソナタ「ラ・ポラッカ」
9. G.ブオナメンテ:3つのヴァイオリンためのソナタ

【演奏】
ムジカ・アンティクヮ・ケルン
 [ラインハルト・ゲーベル(バロック・ヴァイオリン、バロック・ヴィオラ)、
  ハーヨ・ベス、イングリット・ザイフェルト(バロック・ヴァイオリン)、
  チャールズ・メドラム(ヴィオラ・ダ・ガンバ、バロック・チェロ)、
  ジョナサン・ケイブル(ヴィオローネ)、ヘンク・ボウマン(チェンバロ、小型オルガン)]

【録音】
1978年12月 ハノーファー、シュタットハレ、ベートーヴェン・ザール

初期イタリアのヴァイオリン音楽 / ムジカ・アンティクヮ・ケルン
» Tower Recordsで詳しく見る

—————————————————————————————————-

広告
 
コメントする

投稿者: : 2012年10月11日 投稿先 1.Classic(クラシック)

 

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中

 
%d人のブロガーが「いいね」をつけました。