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仮面の陰のパッション―ラヴェル:ピアノ協奏曲ト長調/左手のためのピアノ協奏曲

12 9月

 ラヴェル:ピアノ協奏曲ト長調/左手のためのピアノ協奏曲
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 高校から大学にかけて、一方で古楽、一方で近・現代音楽、また一方でロックというリスナー生活を続けていたのだが、なぜか古典派、ロマン派がすっかり抜け落ちていた。というか、避けていた。もちろんそこには、ちょっとばかり生半可な知識を身に着け始めた小生意気な若者の、「人と違う自分でいたい」的な思い上がりもいくぶんかは含まれていたことは確かだろう。ああ恥ずかしい。しかし実際、中学時代ぐらいまでは熱狂的に好きだった後期ロマン派を、この時期はあまり受けつけなくなっていたのだ。古典派や前期ロマン派に至っては、まだ関心の俎上にも上がっていない。 

 なぜだろう?今思うと、個の主観的感情が強く投影された音楽と向き合うことが苦しかったのかもしれない。この時期は大いにアイデンティティ不安に苛まれていたし、その直接的な受け手となってくれていたのはロックだった。だが1980年代末のロックは明らかにバブル化して衰弱しており、むしろジョン・コルトレーン後期あたりの激烈なフリー・ジャズに、苦行者のようにはまっていたかもしれない(僕がロックに戻ってくるのは1994年頃、グランジとオルタナの季節だ)。だから、感情表現に手続きの多い後期ロマン派は、勢い遠ざけられ、一方よりドライに「音からの刺激」を得るという点において、古典派や前期ロマン派は(あくまで当時の僕にとって)刺激を欠いていたのだ。近・現代音楽か古楽の方が刺激的だ、と当時は強く思っていた。

 しかし例外もあって、20世紀初頭のフランス近代音楽は好きだった。ドビュッシー、ショーソン、フォーレ、デュカス、プーランク、サティ…。後期ロマン派の、感情の重みに自壊しそうなまでに極大化した音楽に比べ、彼らの音楽は感情において抑制的で(本当はそう単純ではないのだが)、響きにおいて新鮮で、10代後期の得体の知れない情緒不安定に苦しんでいる自分を束の間解放してくれる存在だった。その中でも、とびぬけて好きだったのが、モーリス・ラヴェル(1875~1937)である。

 ラヴェル、そう、あの《ボレロ》のラヴェルだ!ラヴェルの何が好きだったのか。無論、その「スイスの時計職人」と呼ばれた精密無比の構造と、あるときはクリスタルな、あるときはベルベットのような響きの魔法。旋法と調性のあいだを行き来する、魅惑的な旋律。発想の奇抜さと、完成した音楽のみごとな均衡。

 その完璧で輝かしい外見は、おそらく同時代のどの作曲家よりも、自らの感情を抑制し、コントロールすることに絶大な機能を発揮している。もしかしたら、反逆者サティの「乾いた」音楽以上に。ラヴェルに比べたら、よく比較されるドビュッシーははるかに、その有機体のような不定形のフォルムの中に、情念や神秘性をただよわせている。質の優劣の問題ではない。作曲家として向かっているものが決定的に違うのである。今はドビュッシーの方が、むしろよく聴くかもしれない。おそらくあの頃は、好きであっても、ドビュッシーの音楽の背後に漂う得体の知れないものと向かい合うことを、どこかで避けていたのかもしれない。

 ラヴェルはドビュッシーに比べて古典的だとよく言われる。たしかにそう思う。逆に言えばドビュッシーの方が、革新的と言う点でははるかに先を行っている。しかし、だからといってラヴェルが別に保守的だというのではない。古典的な構造は、ラヴェルの音楽においてはゲームの規則として働いているように思われる。そう、ラヴェルの音楽はほとんど常に、初期設定や枠組みをつくり、自らをゲームの規則で縛ることで、最大限にその想像力を発揮する。規則があるからこその自由。たとえば、ドビュッシーの先行作品そっくりの構造で書かれた挑戦的な《弦楽四重奏曲》。古い音楽を擬態する《古風なメヌエット》《亡き王女のためのパヴァーヌ》《クープランの墓》。規定の小節内で書くことを自らに課した《ソナチネ》。自国と異なる国の音楽文化をその国の音楽家以上にみごとに表現してやろうという《スペイン狂詩曲》《スペインの時》《高貴にして感傷的なヴァルス》《シェエラザード》《ツィガーヌ》《マダガスカル島人の歌》《ラ・ヴァルス》《ドゥルシネア姫に想いを寄せるドン・キホーテ》(スペインネタが多いのは、ラヴェル自身に流れるバスク人の血による親近感のせいか)。シェーンベルク《月に憑かれたピエロ》の向こうをはった無調すれすれの《マラルメによる3つの詩》。バラキレフ《イスラメイ》やリストより難しいピアノ曲を書いてやる、と宣言して書かれた《夜のガスパール》。ジャズを導入した《ヴァイオリン・ソナタ》。そして言うまでもなく、楽器と音量の変化以外のあらゆる変化を禁ずる《ボレロ》。

 自らを拘束し、ゲームの規則と戯れ、それを完璧にやり遂げることで、何から逃れることができるか。そう、感情表現という魔手からだ。けれども無味乾燥という意味ではない。「自らの感情」ではなく、設定された世界の中で、ラヴェルはどんなに豊かな感情表現の翼を広げて見せるだろうか。古代ギリシャの世界に想をとった《ダフニスとクロエ》のあの豊穣な愛!けれどもそれが「カッコつき」の感情であることで、ラヴェルは自分自身の感情を他者に悟られることから免れ得るのだ。

 ラヴェルの複雑で繊細なメンタリティについては、ジュルダン=モランジュら、ラヴェルの周囲に居た人たちが、愛惜と共に語っている。センスのよいお洒落に身を包み、独身を貫き(同性愛者であったとも言われる)、子供とその世界を愛し、レジオン・ドヌール勲章受賞を拒否する反骨漢で、いっぽう母の死に数年にわたって立ち直れないほどのショックを受け…。その研ぎ澄まされた音楽は、喧騒に満ちた世界から彼の精神の最後の聖域、鴨長明風に言うなら「方丈」を守る、魔法の城だったのだろうか。なにしろ、ラヴェルの中でも感情豊かであることを隠そうとしない、しかも高貴さを決して失っているわけではない《亡き王女のためのパヴァーヌ》を、ラヴェルはセンティメンタルな失敗作だとばっさり自己批判の刃で斬っているのだから(そのくせ、ピアノ・ソロのために書かれたオリジナルを、小管弦楽のために編曲している。これがまたご存知の通り美しいのだ。ホルンであの旋律が憧憬と共に歌われると、誰でももともと管弦楽曲として書かれたとしか思えなくなる)。

 だが、そのようなパーソナリティだからこそ、ラヴェルが思わず自らの感情を吐露してしまう瞬間が、とても尊く感じられる。たとえば、第一次大戦に従軍するにあたって、これが自分の最後の作品になるかもしれない、と思いつつ書いた《ピアノ三重奏曲》のまなじりを決した感情の高揚。母の死と第一次大戦の惨禍のあと、一方で死せるものへの慰めをこの上なく高貴に描いた《クープランの墓》、一方で恐ろしく暴力的な破壊と恐怖を楽譜に刻んだ、《ラ・ヴァルス》。

 そう、第一次大戦と母の死以降のラヴェルは、明らかにそれまでのラヴェルと違う。愛しいものの死、無数の人たちを奪う不条理な死、二種類の死に出遭ったことが、彼の完璧な人口庭園の中に、暗い影を落として行くかのよう。《ヴァイオリンとチェロのためのソナタ》の、あの引き裂かれそうな2つの楽器のぶつかり合いはどうだろう。《ヴァイオリン・ソナタ》の第2楽章「ブルース」の頂点は、ほとんどラヴェル的抑制をかなぐり捨てた狂気に接近している。そして《ボレロ》、果てしなく増大する音量に、ある婦人が「狂っている!狂っている!」と叫びながら耳を押さえて演奏会場を出て行った、という話を聞いたラヴェルは、こう呟いたという。「その人は正しいのだ…」

 おそらくラヴェルの何かが、ゆっくりと蝕まれつつあった。その中で、彼は自らの親しい楽器ピアノのために、すばらしい最終章を与えた。それが1930から1931年に書かれた双子の作品、《ピアノ協奏曲ト長調》《左手のためのピアノ協奏曲》だ。

 2曲は対照的な風貌をしている。《ト長調》の方は、古典的な3楽章形式。第1楽章を支配しているのは、鞭の一打ちから始まる、心浮き立つジャズのリズムとイディオム。めまぐるしい展開、諧謔と活気が聴き手に息もつかせない。ところがその後にはじまる第2楽章は、ピアノ・ソロのモノローグで静かに始まり、延々と、果てしなく、綱渡りのようにあやうく美しい旋律をつむいでゆく。ラヴェル史上もっともロマンティックで叙情的な緩徐楽章。オーケストラが加わり音楽はいったん悲劇的に高揚するが、やがてオーボエが冒頭の旋律をくり返し、ピアノが宝石をちりばめるようなアラベスクで絡みつきながら、静かに消えてゆく…。おそらくラヴェルは、ここで何かとてつもなく切実な告白をしている。すぐにそれは、照れを隠すかのように愉快なお祭り騒ぎの無窮動的、離れ業的な第3楽章にとってかわられるのだけれども。

 《左手のためのピアノ協奏曲》は対照的に、3つの楽章をひとまとめにしたユニークな構造で書かれ、ラヴェルの中でももっとも重く暗く悲劇的な音楽だ。第一次大戦で右手を失ったピアニスト、ヴィドゲンシュタインからの依頼が、彼に大戦の惨禍の記憶を蘇らせたのだろうか。コントラファゴットのうめき声と共に始まる重苦しい冒頭からしてただならぬ世界だ。やがてオーケストラ全体による激烈なトゥッティに膨れ上がり、その頂点でピアノが閃光のように現れる。《ダフニスとクロエ》の冒頭を思わせる壮大なオープニングだが、あのアルカディア的な世界とは対極だ。左手一本とはとうてい思えない神業的なピアノ・ソロ。中間部には荒々しくジャズ的なイディオムが介入するが、それは《ト長調》とは対照的に、破滅に向かう行進曲のようだ。やがて第3部、ピアノ・ソロが叙情的な第2主題を扱った信じられないほど至難だが美しいカデンツァをくり広げるが、そこに不吉に冒頭主題が立ち戻り、曲は荒々しくカタストロフィックな行進曲で破局的に終わる。

 ラヴェルはこの2曲を書く数年前から記憶障害や言語障害に悩まされていた。そして2曲の完成後、1932年に自動車事故に遭い、その症状は悪化してゆく。理由は今もって不明。妥協なき長年にわたる自己研磨が、その脳を知らぬ間に疲弊させていたのか。失語症になり、字が書けなくなり、音楽が頭を駆け巡っていてもそれを書き留めることができないという悲劇。1937年の死まで、彼はどれほどの音楽を頭の中で「書いて」いたのだろうか。それは永遠に、彼の中に閉ざされてしまった。

 ふたつのピアノ協奏曲は、仮面の影に自己の感情を隠し続けた天才作曲家が、まるで何かを予感したかのように、それまで抑制していた感情を告白のようにつづった感動的な作品である。ラヴェルの遺言のようなこの2曲(このあとに《ドゥルシネア姫に想いを寄せるドン・キホーテ》などわずかな作品があるけれど)を最初に聴いてしまうのは、反則かもしれない。けれども、この2曲を聴いてからそれ以前に溯ってゆくことで、ラヴェルが巧妙に隠し続けたその繊細な感情を、彼の名曲たちから読み取ることができるかもしれない。それはラヴェルの本意ではないかもしれないが、そのように聴くことが、ラヴェルを解放することになるような気もする。彼が愛し、もしかしたらその中だけ自由になれた子どもの世界―それは《マ・メール・ロワ》《子どもと魔法》で慈しみをもって描かれている―のような理想郷へと。

 僕がラヴェルを聴き続けていたのは、純粋な音楽の喜びに加えて、感情を統御する術を、この作曲家から学ぼうとしていたためなのかもしれない。その「成果」が今もって現れているのかは、まったく自信がないが。

 演奏は、サンソン・フランソワのピアノ、アンドレ・クリュイタンス指揮のもの、《ト長調》だけだったらミケランジェリ、アルゲリッチなどが世評高いけれど、ここではパスカル・ロジェのピアノ、シャルル・デュトワ指揮モントリオール交響楽団のものを選ぶ。フランソワは無論唯一無二の名演だが、破調の美といったところもある。ミケランジェリは恐ろしくクール、アルゲリッチの複数の録音は無尽蔵のパワーと輝かしさ。ロジェはこれらに比べるとむしろ端正なアプローチだと思うけれど、ラヴェル的な完璧さを十分に体感しつつ、奥深いところに潜む感情を聴きとるには、このバランスの良い演奏が実はふさわしいのかもしれない。その分、デュトワ指揮のオーケストラが実にカラフル。僕自身にとって最初にこの曲に出会うことになった思い出深い盤でもあるので、少し贔屓めかもしれないけれど、この盤でこの曲に最初に出会えてよかったと思う。カップリングに《古風なメヌエット》《海原の小舟》《ジャンヌの扇~ファンファーレ》が入っているのも楽しい。僕はよく、《ジャンヌの扇》から《ト長調》につながるようにプログラミングして聴いていた。こうするとなかなかつながりがよく、楽しいのだ。この盤、ジャケットもご覧の通り何とも端正だが、これは国内盤で、初出の輸入盤CD(410 230-2)はスーチンの画を使った素敵なもの。今や入手困難だと思うが、こちらに出会えた方は幸運。

Text by 矢澤孝樹

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ラヴェル:ピアノ協奏曲ト長調/左手のためのピアノ協奏曲

1. ピアノ協奏曲ト長調
2. 左手のためのピアノ協奏曲ニ長調
3. 水の戯れ
4. ソナチネ

ピアノ:パスカル・ロジェ
指揮:シャルル・デュトワ
管弦楽:モントリオール交響楽団

 ラヴェル:ピアノ協奏曲ト長調/左手のためのピアノ協奏曲
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投稿者: : 2012年9月12日 投稿先 1.Classic(クラシック)

 

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