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From minimum to maximum~スティーヴ・ライヒ:ディファレント・トレインズ

20 8月

スティーヴ・ライヒ:ディファレント・トレインズ
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 僕のロックへの目覚めは遅かった。なにせ小学校の頃は、ロックとは横浜銀蠅のことだと思っていたから。でも歌謡曲はそこそこ聴いていたわけで、やがてアリスとかさだまさしとか中島みゆきとか、徐々にフォーク/ニューミュージック系の音楽にはまるようになる。決定的な転回点は友達に勧められて中二のときに聴いたYMOで、最初は『パブリック・プレッシャー』、次に『BGM』にはまった。ダークな後者にはまったら洋楽に展開するのは時間の問題だろう。『BGM』は今でも、『テクノデリック』と共に1980年代初頭のテクノ/ニュー・ウェイヴ系アルバムとして、世界屈指の傑作だと思っている。日本人は、とてつもない音楽を生み出していた。もし未聴の方がいらっしゃったら、「YMOって『ライディーン』のバンドでしょ?」って思っている方がいらっしゃったら、今すぐぜひこの2作を聴いていただきたい。 

 で、中3になる頃には洋楽好き友人に感化され、競い合うように洋楽にのめり込んで行った。衝撃の一発目はポリス『シンクロニシティ』。それからビッグ・カントリー、トーマス・ドルビー、U2、デヴィッド・ボウイ、デヴィッド・シルヴィアン、ザ・スミス、ニュー・オーダー、デペッシュ・モード、ケイト・ブッシュ、ピーター・ガブリエル、ティアーズ・フォー・フィアーズ、ユーリズミックス、PIL、XTC、スクリッティ・ポリッティ…と猛烈な勢いでブリティッシュ・ニューウェイヴ系にのめり込んでゆく。高校時代は明らかにクラシックよりロックを聴いていたと思う。

 FM華やかなりし時代、当然情報はFMからだった。渋谷陽一と坂本龍一の『サウンド・ストリート』、そして『クロスオーバー・イレブン』が三種の神器。R&Bやソウル系中心の山下達郎の『サウンド・ストリート』は当時僕には渋すぎたが、今思うともっと聴いておけばよかったと悔いている。

 中でも、坂本龍一の『サウンド・ストリート』は、クラシック/現代音楽シーンと微妙な接点があってそこが面白かった。カンとかホルガー・チューカイとか当時の僕にとっては「何だこりゃ?」という、オルタネイティヴなものが飛び出してきたかと思えば、坂本さんがスタジオ・ライヴでサティの《ジムノペディ》を弾いたりする。もっとも先鋭なロックと、20世紀以降のクラシック/現代音楽にある接点と境界線をめぐる感覚が聴くごとに研ぎ澄まされ、毎週が刺激に満ちた体験だった。

 その中で初めて出会った現代音楽のひとつが、スティーヴ・ライヒの作品である。《八重奏曲》(のちに《エイト・ラインズ》に改作)がかかったのだが、その瞬間金縛りになったことを覚えている。旋法的なフレーズがいきなり現れとても聴きやすいのだが、それが果てしなくくり返され、よく聴くうちに各楽器間でわずかなずれが生じそれが波のように広がって音楽の表情がどんどん変わってゆく…。まさに反復の魔術。これまで聴いたどんな音楽とも違う全感覚的な体験に、しばし陶然としていた。長い曲なので数分でフェイド・アウトしてしまい、坂本さんの「えーとこれは…」という声で我に返ったのを思い出す。 高校2年の時予備校の模試で東京に行った時、当時の輸入盤の聖地・秋葉原石丸電気で買ったLPはライヒ《18人の音楽家による音楽》(ECM)だった。

 スティーヴ・ライヒ(1936年生)の音楽は、しばしば「ミニマル・ミュージック」と呼ばれている。ごく短い単位のモティーフを繰り返す、その反復こそを構成原理とした音楽だ。ライヒはこの音楽を、2つのテープを同時再生すると徐々に2つのテープがずれ、モアレのような効果を生み出していくことから発想した。《カム・アウト》とか《イッツ・ゴナ・レイン》といった1960年代のテープ音楽は、まさしくこの原理に基づいており(人の話し言葉の断片を執拗にくり返してゆく)、聴いていると頭がクラクラしてくる。ライヒはこの原理を《ピアノ・フェイズ》《ドラミング》といった楽器の音楽に応用してゆく。

 20世紀のクラシック音楽は、音をコントロールしてゆくことを極限まで突き詰めて複雑化していき、その反動としてジョン・ケージの「偶然性の音楽」という思想が生まれた。「我々が日常聞いている音は、聴くものの態度によってすべからく音楽となる」という考えである。ライヒは、ケージによって解放された音楽のあり方に、新たなコントロールの手法を導入した。それが、「繰り返す」という手法だ。最初は純粋なテープ操作から生まれたこの音楽は、やがてライヒがインドネシアのガムラン音楽やアフリカ音楽と出会い、世界に偏在する「反復原理」を発見してゆく過程で、より豊かなものとなってゆく。ライヒのミニマル・ミュージックは、反復プロセスに複雑なパターンと変化を導入するようになる。それが《八重奏曲》となり、《十八人の音楽家のための音楽》となる。旋法的な響きに彩られたここちよいリズムの魔術はドビュッシー、アフリカ、インドネシアを結ぶ、想像上のワールド・ミュージックだ。ライヒ自身が語っていたのだっけ、波打ち際に打ち寄せる波がつくる模様をいつまでも見つめているような感じ。

 ロックやジャズにも、1960年代末以降、反復の論理が導入される。まずファンクだ。スライ&ザ・ファミリー・ストーン、ジェームス・ブラウン、(70年代の)マイルス・デイヴィス、ハービー・ハンコック、やがて黎明期のヒップホップ。そして70年代末にはテクノで。クラフトワーク、そしてYMO。両者の間にも反復を通じて架橋がかかり、アフリカ・バンバータがクラフトワークをサンプリングし、坂本龍一は《ライオット・イン・ラゴス》でエレクトリック・ファンクを試みる。前回の「音楽巴塾」で田畑航兒さんが紹介されているマイク・オールドフィールド《チューブラー・ベルズ》にも、反復の美学は確実に脈打っている。

 ライヒの音楽は、これらの音楽の洗礼を受けた耳には実に自然かつフレッシュに感じられるだろう。おそらくアカデミズム側よりもロック、ジャズ、テクノの聴き手が、ライヒを先に評価した。ユーロ・ジャズの代表格であったECMレーベルがリリースしたライヒ・アルバムが、彼の評価を一気に高めたことは、象徴的だ。そして僕も、クラシックの延長線上でなく、坂本龍一の番組からライヒに出会った。20世紀後半のクラシック、いや「現代音楽」と呼ばれるジャンルの多くが、ロック、ジャズ、ワールド・ミュージックとの間の境界線を乗り越えて、響きあっている。電子音楽の大家シュトックハウゼンがノイズ/エレクトロニカの聴き手に神レヴェルの評価を受けたり、ポーランドの作曲家グレツキの交響曲がイギリスのポピュラー・チャートでトップ10に入ったりするのは、その一例に過ぎない。そしてライヒも、1996年にテクノ系アーティストによる公認リミックス・アルバムが登場したことで、自らの音楽の越境性をはっきりとマニフェストしたのだ。「クラシック」への入り方は、こういう方向もあることを僕はライヒを通じて知った。そういえば僕にライヒを教えてくれた坂本龍一の名曲《戦場のメリー・クリスマス》も、ガムランであり、ミニマル・ミュージックではないか。

 ライヒの音楽は、1981年の《テヒリーム》あたりを境にさらに変化してゆく。ひとつは、反復の手法をよりドラマティックな音楽構造に適用し始めたこと、もうひとつは自らのユダヤ人としてのアイデンティティを明確に打ち出し始め、その音楽が社会的なテーマを含むようになってきたことだろう。1988年の《ディファレント・トレインズ》は、その最初の大きな到達点だと思う。この曲は、あらかじめ録音されたインタビュー素材と汽車の音、サイレン、弦楽四重奏を流しながら、ライヴの弦楽四重奏がそれに被ってゆくという、いわば「ライヴ・エレクトロニクス」作品だ。インタビュー素材は、ライヒの近親者である人々が、第二次世界大戦前後の歴史の中での列車の記憶について語るというもの。アメリカ―第二次大戦前、ヨーロッパ―第二次大戦中、第二次大戦後の3つの楽章からなる。冒頭から弦楽四重奏が明らかに汽車の驀進を意図した音型をドラマティックに奏し、汽笛の音が被る。反復を用いているにもかかわらず、ここでのライヒはなんと具象的、劇的なのだろう!やがてインタビューの録音音声が介入する―「ニューヨークからシカゴまで」「いちばん早い列車だった」(念のため、英語である)…その言葉のフレーズが弦楽四重奏でただちにくり返され、汽車の駆動のリズムの中で発展させられてゆく。実にドラマティックで、わくわくするような音楽だ。しかし、音楽は突然不吉な様相を帯びる。ナチスによるユダヤ人狩りによって絶滅収容所に運ばれた、生き残りの人々の回想が語られるのだ。ここで汽車はユダヤ人をぎっしり詰め込んで収容所へと向かう不吉な死の貨車であり、鳴り響くサイレンの緊迫感の中で音楽は悲痛な、絶望的なトーンを帯びる。そして第二次大戦後…。この後は、ご自分の耳で確認していただいた方がよいだろう。僕は、この曲を聴いたとき大学生だったが、深く感動した。ライヒがこんなことになるなんて!水戸芸術館に入って5年目に、念願だったスティーヴ・ライヒと彼の仲間たちの演奏会を実現できることになったとき、彼らの曲目リストに入っていなかったにも関わらず、なんとしても《ディファレント・トレインズ》を水戸の方々に聴いていただきたくて、そこだけ日本の古典四重奏団に特別出演をお願いし、ライヒのテープ操作と「共演」していただいた。客席は感動に包まれ、ライヒは共演に満足していた。そして古典四重奏団のプロフィールには、「ライヒと共演」の一項が書きくわえられることになった。とても嬉しかった。

 ライヒはその後、《ザ・ケイヴ》《スリー・テイルズ》等、社会性に踏み込んだ大規模なメディア・ミックス作品に取り組み、一方《シティ・ライフ》ではサンプリングを効果的に用いるなど、ますます幅広い活躍ぶりだ。その音楽はミニマム(最小)からマキシマム(最大)へと発展していったのだと言えるだろう。ミニマリスト・ライヒの本領を聴くなら1970年代までの諸作だろうが、ここでは《ディファレント・トレインズ》を挙げておく。初演者クロノス・クァルテットの絶対的な一枚があり、まずこれで聴いていただくべきだろう。クロノス・クァルテットは現代に特化した弦楽四重奏団であり、ジョン・ゾーン、ピアソラ、タラフ・ドゥ・ハイドゥークス等異種格闘技的に他ジャンルのアーティストと共演し、ジミ・ヘンドリックスの《紫のけむり》を初期のレパートリーにするなど実に越境的な四重奏団だ。そしてこのCDにカップリングされているのは、ジャズ・ギタリスト、パット・メセニーのためにライヒが書いた《エレクトリック・カウンターポイント》。メセニー自身がギブソンES-175とアコースティック・ギターを用いた多重録音だが、これは楽しいマスターピースで、ずっと後のメセニーのオーケストリオン演奏に通じる部分もあるかもしれない。とにかく越境的な要素に満ちあふれた一枚なのである。

Text by 矢澤孝樹

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スティーヴ・ライヒ:ディファレント・トレインズ、エレクトリック・カウンターポイント/クロノス・クァルテット、パット・メセニー (Nonesuch)

1. ディファレント・トレインズ~アメリカ 第二次世界大戦前
2. ディファレント・トレインズ~ヨーロッパ 第二次世界大戦中
3. ディファレント・トレインズ~第二次世界対戦後
4. エレクトリック・カウンター・ポイント~はやく
5. エレクトリック・カウンター・ポイント~ゆっくりと
6. エレクトリック・カウンター・ポイント~はやく

演奏:クロノス・クァルテット、パット・メセニー

スティーヴ・ライヒ:ディファレント・トレインズ
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2件のコメント

投稿者: : 2012年8月20日 投稿先 1.Classic(クラシック)

 

From minimum to maximum~スティーヴ・ライヒ:ディファレント・トレインズ」への2件のフィードバック

  1. 小俣哲弥

    2012年8月24日 at 07:28

    初めまして(ですよね)シニアメンバーの小俣と申します。

    音楽巴塾のコラムニストの皆さん素晴らしいコラム毎回楽しく拝読しています。

    ジャズコーナー担当の三森君やロックコーナーの田畑君とは以前
    青工会バンドで一緒に活動させていただきました。

    さて、スティーヴ・ライヒで…….来ましたか。

    私が20代の頃、リスペクトしていたドラマー「ビル・ブルフォード」が雑誌のインタヴューで
    最近はライヒをよく聴いているとの記事を見て、当時足げに通っていた貸レコード屋へ
    彼のレコードを借りに行ったのを覚えています。

    このころ「ミニマル・ミュージック」という言葉がよくつかわれていました。
    今で云うアンビエントのはしりだったのでしょうか。

    このリスペクトしていたビルが「キング・クリムゾン」でついに初来日したのが
    ちょうどこの時期でした。

    コンサート会場はなんと浅草国際劇場。
    演奏はベスト3(私の)に入る素晴らしいパフォーマンスでした。

    そんなわけで、「ライヒ」は青春の想い出が詰まったアーティストの一人なのです。

     
  2. takakiyazawa

    2012年9月5日 at 17:53

    小俣先輩、コメントありがとうございます。
    すっかり返信が遅くなってしまい申し訳ございません。なぜか書き込みができず、何度も失敗して遅くなってしまいました。先輩がFBをやっておられればぜひ申請させていただくのですが・・・。
    ビル・ブラフォードは80年代クリムゾンですね!
    私がリアルタイムでクリムゾンのアルバムを聴いたのはなんと『スリー・オブ・ア・パーフェクト・ペアー』なので、80年代クリムゾンには妙に親近感があります。
    ビル・ブラフォードがライヒ好きと聴いて、納得です。
    80年代クリムゾンにはミニマルの香りがあるなと思いますが、そういうことでしたか。
    あらためて、ライヒの広範な影響を実感しました。
    貴重なご指摘ありがとうございました。
    いずれお話できる機会があると嬉しいです。
    これからもよろしくお願いいたします!

     

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