RSS

ワルツ・フォー・デビイ / ビル・エヴァンス

19 6月

ワルツ・フォー・デビイ / ビル・エヴァンス
» ワルツ・フォー・デビイ / ビル・エヴァンス

 ピアノというのは不思議な楽器だ。鍵盤楽器ではあるが、弦をハンマーで叩いて音を出すことから、弦楽器でもあり打楽器でもあり、打弦楽器とも分類される。18世紀初頭、チェンバロに代わる新しい楽器として「Clavicembalo col piano e forte(クラヴィチェンバロ・コル・ピアノ・エ・フォルテ=大きな音も、小さな音も出すことのできるチェンバロ)」の名で登場し、いつしか「ピアノ・フォルテ」と縮めて呼ばれるようになり、しまいには「ピアノ」というほとんど原型をとどめない…そして意味も通じない…現在の省略名称に落ち着く。 

 当然クラシックの世界で幅広く活躍の場を持つピアノだが、ジャズにおいても格別の地位を持っている。場の空気を支配するハーモニーを生み出すことができ、歯切れよく刻んでリズムセクションの一角を担うこともでき、そしてときに激しくときに繊細にメロディを奏でることもできる。また、たった1人で聴衆に対峙するソロ演奏まで。どんなポジションもこなす万能選手といった風合いだ。

 トランペットやサックスなどの管楽器と共にジャズ・コンボの中にいるピアノもいいが、主役として輝くピアノ・トリオの魅力は別格だ。今日ではごく当たり前のピアノ~ベース~ドラムスというピアノ・トリオのフォーマットはバド・パウエルが一般化したと言われるが、パウエルのそれは「ピアニスト+伴奏者」と役割がはっきり分けられていた。その後、このピアノ・トリオのカタチに「三者が自在に絡み合うインタープレイ」という大きな変化をもたらしたのが今日紹介するビル・エヴァンス~スコット・ラファロ~ポール・モチアンの3人である。

 エヴァンスはこの3人…厳密にいうとエヴァンスとラファロの2人(と私は解釈する)…を対等な関係に位置づけたと言われている。それが事実かどうかはわからないが、そうせざるを得なかった…とみるとすんなりと納得がいく。その訳は、スコット・ラファロというベース弾きに出会ってしまったから…。ベース音を淡々と弾き続ける多くのベーシストのそれとは異なり、ピアノに匹敵するほどにハーモニーの一翼を担うことができ、それのみならずホーンライクな鮮やかな響きのソロを奏でて、それらをもってときにピアノ以上の存在感を示すラファロのベースプレイ。彼の存在なくしてこのトリオの今日の名声は無かったであろう。

 彼ら3人のこのトリオが世に残したアルバムは4枚ある。いや惜しいかな、たった4枚しか残されていない。その理由は後述するが、通常は第1作目にあたる「ポートレート・イン・ジャズ」をエヴァンスの最高傑作とする向きがある。確かに極めて完成度の高いアルバムで人気も高く私も好きな作品である。しかし、私は今回「ワルツ・フォー・デビイ」を推したい。このアルバムの持つ「芳醇で甘美な香り」に魅了されてしまったが故に…。

 このアルバムは1961年6月、ニューヨークのライブハウス「ヴィレッジ・ヴァンガード」に3人が連続出演した際の最終日に当たる6月25日のライブ演奏である。レコーディングにはとても神経質であったというエヴァンスだが、このトリオにはかなりの自身を持っていたとみえ、ライブ録音のレコード化に同意している。この日は午後に2回、夜に3回、計5回のステージがあり、それが本アルバムと「サンディ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード」に分けて収録された。比較的ラファロがフィーチャーされた後者と比べ、全編に渡る完成度やアルバム全体が放つ魅力からすると、本作の方に分があることに異論はあるまい。それにしても、このライブ録音の臨場感は堪らない。客同士の談笑や拍手、店員がグラスを片付ける際のかすかなガラス音さえも、本アルバムを色彩豊かに彩るエキストラのようだ。

<#1.マイ・フーリッシュ・ハート>
 オープニングの数音をほんの少し耳にしただけで、ある種の陶酔感に包まれる。あぁ…なんと心地良いのだろう。アルバムの第一曲目にメローなバラードナンバーというのは極めて珍しい。変化球とも思えるその選択が、実際に聴いてみると実にしっくりとはまっているのみならず、アルバムトータルの品格を体現している。モチアンのシンバルからシャラシャラとした細かな音が聴こえることに気がつくだろう。これはシンバルに付ける「シズル」というサスティーン音を付加するリベット(金具)が醸しだす音色で、このアルバム内のスローナンバーにおいて絶大な効果をあげている。私もジャズバラードを演奏する際には簡易的なものを付けるのだが、ブラシで叩いたときに伸びるその音は、聴いている我々を優しく包み込むように響き渡っている。

<#2.ワルツ・フォー・デビイ>
 兄の娘・デビイのためにエヴァンスが書いた愛らしいワルツ。前奏におけるピアノとベースのデュオは聴きもの。それに続く本編における軽快に躍動するピアノ、ソロとオブリガートで聴かせるベース、切れ味鋭いドラムス…と、このトリオの魅力が遺憾無く発揮されている。このアルバムの絶えざる人気に、この一曲が貢献していることは疑いない事実だ。その後、何度も演奏されるエヴァンスの代名詞のような曲だが、このテイクが最も魅力的であろう。

<#3.デトゥアー・アヘッド>
 ここでまたスローな曲調になる。むやみに音数を増やさず、選ばれた少ない音の響きでメロディを聴かせるエヴァンスと、その音空間に表情とアクセントを加えるラファロ。リリシズムを湛えた3人のプレイが堪能できる。

<#4.マイ・ロマンス>
 普通はスローバラードとして演奏される曲。しかし、エヴァンスはテンポアップした小気味良いバージョンで聴かせ、ロマンティックなこの曲の持つ別の一面が花開く様が聴きどころとなっている。ピアノソロの裏でベース音を弾かないベース演奏のなんたる自由奔放っぷり。

<#5.サム・アザー・タイム>
 レナード・バーンスタインが1944年に作曲し上演されたミュージカル「オン・ザ・タウン」からの一曲。エヴァンスによって繰り返し演奏されることで、ジャズ・スタンダードとなった幻想的な曲である。

<#6.マイルストーン>
 マイルス・デイビスが作ったモードジャズ曲を、このトリオ流の解釈で演奏している。マイルスコンボにおけるポール・チェンバースとはまったく異なるアプローチを見せるラファロの演奏が白眉。迷い無く突き進む25歳の若きベーシストの勇姿が眩しいほどに輝く。

<#7.ポギー (アイ・ラブズ・ユー,ポギー)>
 ジョージ・ガーシュイン作品としてあまりに有名な一曲。優しい曲調とゆったりした雰囲気にとろけること請け合い。それにしても、速い曲のあとに遅い曲…というショービジネスの伝統としきたりに則った曲構成には唸らされる…と、TAD三浦であれば言うことだろう。

 さて、締めくくりに触れなければならない話がある。この3人によるアルバムが4枚しか残されていない理由。それは、この録音当日からわずか11日後、交通事故のためにスコット・ラファロが25歳の若さで帰らぬ人となったことによる。あぁぁ、なんと惜しく、なんと悔しいことか。生きていれば、その後どれほどジャズ・ベーシストとして更なる活躍をしていたであろう。彼の残したアルバムは非常に少なく、あまりに突然の死が惜しまれてならない。

 しかし、もう言うまい。我々には残されたアルバムがあるではないか。3人ともに既に他界しているが、アルバムに耳を傾ければ、そこには彼らの生き生きとした躍動がある。聴くたびに惹き込まれるただひたすら美しいサウンドがある。そうだ。音楽は、今もこうして、我々の胸に生きているのだ…。

 [ライター:三森勝仁(KatsuhitoWeb)]

—————————————————————————————————-
Waltz For Debby / Bill Evans (Riverside)

 1.My Foolish Heart (Ned Washington, Victor Young)
 2.Waltz For Debby (Bill Evans)
 3.Detour Ahead (Herb Ellis, John Frigo, Lou Carter)
 4.My Romance (Lorenz Hart, Richard Rodgers)
 5.Some Other Time (Leonard Bernstein, Adolph Green, Betty Comden)
 6.Milestones (Miles Davis)
 7.Porgy(I Loves You, Porgy) (Ira Gershwin, Dubose Heyward, George Gershwin)

  ・Piano : Bill Evans
  ・Bass : Scott LaFaro
  ・Drums : Paul Motian
                         [Recording Date 1961.06.25]

ワルツ・フォー・デビイ / ビル・エヴァンス
» Amazonで詳しく見る

—————————————————————————————————-

広告
 
コメントする

投稿者: : 2012年6月19日 投稿先 2.Jazz(ジャズ)

 

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中

 
%d人のブロガーが「いいね」をつけました。