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秩序の中の喜び―J.S.バッハ:ブランデンブルク協奏曲

12 6月

J.S.バッハ:ブランデンブルク協奏曲
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 マーラーやブルックナーにはまってからの数年間(中学時代)は、とにかく後期ロマン派から近現代にかけての大オーケストラ交響楽一色だった。マーラー《復活》に狂喜し、ショスタコーヴィチ《レニングラード》に興奮、ホルスト《惑星》を気分を盛り上げるために部屋を真っ暗にして聴き(←馬鹿)、レスピーギ《ローマの祭》に咆哮、シェーンベルク《グレの歌》に陶酔、ストラヴィンスキー《春の祭典》に狂乱、R.シュトラウスもバルトークもどんとこい、そしてメシアン《トゥーランガリラ交響曲》に昇天…。 

 いくらこってりラーメンが好きでも、毎日食べてれば成人病になるし、その前に味覚の飽和状態が来る。そんなときに出会ったのが、ヨハン・ゼバスティアン・バッハ(1685~1750)の音楽だった。まずは「非日常なもの」を求めての延長線上で、《トッカータとフーガ》の入ったオルガン曲集を聴いたのだが、豪壮なオルガンの響きに圧倒されながらも、「これまで聴いてきた後期ロマン派の音楽とは違う」と感じた。《ブランデンブルク協奏曲》《ミサ曲ロ短調》《ゴルトベルク変奏曲》と聴き進むにつれ、その印象はますます確かなものになった。

 「違う」のはある意味、当然である。マーラーやブルックナーの音楽より、150年くらい前の音楽なのだから。音楽史の用語でいえば、バロック期の音楽、ということになる。技法も様式も、何もかも違う。

 ただ、そのとき僕が思ったのは、表面的な音楽の顔つき以上に、その音楽にいつも地下水のように流れている「確かなもの」の存在だった。ロマン派以降の音楽が、多くの場合不安や葛藤に苛まれ、それを力業で乗り越えてゆく(あるいは挫折して敗れてゆく)ように感じられるのに対し、バッハの音楽は、いつも揺るぎのない何かに支えられていると感じられた。《トッカータとフーガ》や《シャコンヌ》や《マタイ受難曲》が、どれほど劇的に高揚しようと、足を踏み外して高所からまっさかさまに転落することは絶対にない。その「確かさ」は僕をとらえ、それからバッハは常に僕が立ち戻る場所になった。どんなに精神が不健康な状態でも、バッハを聴くと淀んだなにかが少なくともいくらかはデトックスされてゆくし、怒りや憎悪がメーターを振り切れそうな時、バッハは我に帰るきっかけを与えてくれる。

 それが何かは、ずっとわからないままだった。が、今ならわかる。バッハの音楽にみなぎる「確かなもの」、それは「神の存在」なのだと。

 「矢澤は数年前にクリスチャンになったので、こう書くのだ」と思われるかもしれない。その通りであるとも言える。けれども間違いなく、バッハの時代のヨーロッパは、キリスト教の精神に支えられていたし、ほとんどの人々にとって、神は懐疑される存在ではなかった。バッハもまた、18世紀の一般的な音楽家として、ごく普通に教会でオルガンを弾き、教会の音楽監督をつとめて礼拝のためにカンタータをたくさん作曲した。そのような時代の在り方に共感するかどうかは、人によって違うだろう。けれども確かなのは、バッハには神がもたらした秩序の反映としての音楽への驚異と感謝の念があり、その秩序に自らの知性の限りを尽くして貢献しようという無償の意志があるということだ。それが音楽から懊悩や葛藤を取り去り、聴く人間に、大きな秩序の中に護られている感覚を与える。聴く人がクリスチャンかどうかは関係なく。

 こう書いても、「神とか出てくるとなあ…」と引いてしまう方はいらっしゃるだろう。ならば、彼の協奏曲のジャンルにおける代表作、《ブランデンブルク協奏曲》はいかがだろう。この曲は、1721年にブランデンブルク辺境伯クリスティアン・ルートヴィヒに献呈された6曲の協奏曲集であり、《ブランデンブルク協奏曲》の名はここに由来する。何のために献呈したかと言うと、要は当時在職したケーテン宮廷の状況に満足しなかったバッハの就職活動のためのプレゼンテーションであったということのようだ。自分はこれだけ優れた協奏曲を書くことができる、だからあなたの宮廷で雇っていただきたい、という音楽によるアピール。こう書くとやたらと俗っぽいが、当時の音楽家は「芸術」でなく「職業」という意識で音楽に臨んでいたのだし(音楽が意識の上で「ゲイジュツ」になってゆくのは19世紀だ。もちろんそのことは、それ以前の音楽の価値が「劣る」ということをまったく意味しない)、「職業」は神から与えられたこの世での使命なのだから、別にバッハにとっては俗っぽくもなにも、ごく当たり前の営為なのだ。

 結局この就職活動は身を結ばなかったのだが、クリスティアン・ルートヴィヒはなんともったいないことをしたのだろう。ここには、この時代の協奏曲の究極形があるのだから。

 6曲の協奏曲は、いずれもバッハ自身の協奏曲バック・カタログから精選され、ブラッシュ・アップされたものであるというのが現在の定説だ。いわば自信作だ。とにかく6曲どれも、ひとつとして似たものがない!コレッリやヴィヴァルディらイタリアの先輩の協奏曲のフォームを参考にしているが、リピエーノ(オーケストラによる合奏部分)とソロ楽器たちとの関係は複雑玄妙をきわめ、そのくせちっとも難解なところはなく、音楽の喜びに満ち満ちている。秩序の中で、どれほど音たちが自由に振る舞うことができるか。バッハはその限界を、嬉々として追求している。

 《第1番》は狩りのホルン、オーボエ、ファゴットが野外のお祭りの雰囲気をにぎにぎしく醸し出す中、ヴィオリーノ・ピッコロ(高音ヴァイオリン)の名人芸があざやかな対比をなす。《第2番》の独奏楽器陣はトランペット、ヴァイオリン、リコーダー、オーボエというまったく個性の異なる楽器たち。トランペットの超絶技巧は目もくらむばかりだが、他の楽器とのわくわくするような対話も聴きものだ。《第3番》は弦楽合奏を高音から低音までの3つのグループにわけて競わせる(第3楽章はまるで合奏のF1レース!)というまったくユニークな発想。「3」に「聖三位一体」に通ずる宗教的な意味が担わされていることにも注目したい。真ん中の楽章は2つの和音が書かれているだけで、ここでバッハが何らかの即興を行ったのだろうと推測される。《第4番》は鳥のごとく歌い交わす2本のリコーダーに囲まれて独奏ヴァイオリンがこれまた天馬空を駆けるがごとき名人芸。終楽章のフーガの高揚にはいつも興奮を禁じ得ない。《第5番》はフルート、ヴァイオリン、チェンバロが独奏だが、「史上初の鍵盤協奏曲」と言われる通り、第1楽章の後半にチェンバロが怒濤の大カデンツァ!最初に聴いたとき、「どうなるんだこれは!」と息を呑んで聴き入ったことを昨日のことのように覚えている。そして曲集の最後を飾る《第6番》は意外やヴィオラ、ヴィオラ・ダ・ガンバ、チェロと中音域の弦楽器ばかりで演奏される渋い世界。しかし実に入念に書かれており、聴きこむほどに味わいが増す。

 僕の手元には《ブランデンブルク協奏曲》のCDがちょうど40種類ある。これからまだまだ増えるだろう。現代の名のあるアンサンブルにとって、この曲集は挑戦しがいのある、尽きることのない喜びの泉なのだ。聴き手である僕にとってもまた然り。音楽が、大いなる秩序に支えられた喜びと解放の営みでもあることを、僕はこの曲集を通じて知ったのだった。

 名演奏はたくさんあるが、バッハと同時代に用いられたのと同タイプの楽器(ピリオド楽器)を用いたもので、往時のフレッシュな響きを楽しもう。最近聴いたものでは、リチャード・エガー指揮のアカデミー・オブ・エンシェント・ミュージックのものが、すがすがしく楽しかった。

Text by 矢澤孝樹

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J.S.バッハ:ブランデンブルク協奏曲

[ディスク:1]
1. ブランデンブルグ協奏曲 第1番 ヘ長調 BWV1046 I-(Allegro)
2. ブランデンブルグ協奏曲 第1番 ヘ長調 BWV1046 II-Adagio
3. ブランデンブルグ協奏曲 第1番 ヘ長調 BWV1046 III-Allegro
4. ブランデンブルグ協奏曲 第1番 ヘ長調 BWV1046 IV-Menuetto
5. ブランデンブルグ協奏曲 第2番 ヘ長調 BWV1047 I-(Allegro)
6. ブランデンブルグ協奏曲 第2番 ヘ長調 BWV1047 II-Andante
7. ブランデンブルグ協奏曲 第2番 ヘ長調 BWV1047 III-Allegro assai
8. ブランデンブルク協奏曲 第3番 ト長調 BWV1048 I-(Allegro)
9. ブランデンブルグ協奏曲 第3番 ト長調 BWV1048 II-Adagio
10. ブランデンブルグ協奏曲 第3番 ト長調 BWV1048 III-Allegro
[ディスク:2]
1. ブランデンブルグ協奏曲 第4番 ト長調 BWV1049 I-Allegro
2. ブランデンブルグ協奏曲 第4番 ト長調 BWV1049 II-Andante
3. ブランデンブルグ協奏曲 第4番 ト長調 BWV1049 III-Presto
4. ブランデンブルグ協奏曲 第5番 ニ長調 BWV1050 I-Allegro
5. ブランデンブルグ協奏曲 第5番 ニ長調 BWV1050 II-Affettuoso
6. ブランデンブルグ協奏曲 第5番 ニ長調 BWV1050 III-Allegro
7. ブランデンブルグ協奏曲 第6番 変ロ長調 BWV1051 I-Allegro moderato
8. ブランデンブルグ協奏曲 第6番 変ロ長調 BWV1051 II-Adagio ma non tanto
9. ブランデンブルグ協奏曲 第6番 変ロ長調 BWV1051 III-Allegro

指揮:リチャード・エガー
演奏:アカデミー・オブ・エンシェント・ミュージック

J.S.バッハ:ブランデンブルク協奏曲
» HMVで詳しく見る

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投稿者: : 2012年6月12日 投稿先 1.Classic(クラシック)

 

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