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クラシックを食い破る日本人―伊福部 昭《傘寿記念シリーズ》

11 4月

伊福部昭: 傘寿記念シリーズ / 新交響楽団
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 音楽巴塾でクラシック音楽を担当することになって、何から紹介してゆこうか考えた。もちろんロックもジャズも途方もない広がりを持った音楽だけれど、クラシック音楽と言う奴は歴史の長さがジャズの10倍、ロックの20倍くらいあるので、残っている作品の数はほとんど無限といってもいい。結果的に、グレゴリオ聖歌とバッハとベートーヴェンとジョン・ケージを同じ「クラシック」の範疇に入れるのは果たして正しいのか(それぞれの間の距離はたとえばエルヴィス・プレスリーとレディオヘッド、あるいはチャーリー・パーカーとノラ・ジョーンズの間の距離よりいっそう大きい)、というくらい、時代によって、作曲家によって、その音楽は姿を変える。 

 しかも「楽譜」という形で残っていることがこれまたやっかいで、たとえばヴィヴァルディの《四季》ひとつ、チャイコフスキーの交響曲ひとつとっても、無数の解釈(要は楽譜を“どう読んで音にするか”)による演奏が生まれうる。正直、入り口があまりに多すぎるのだ。よくクラシックは「敷居が高い」と言われるが、ある程度真実な部分はあるとはいえ(なにせ僕らの日常からはあまりにかけ離れた、16世紀オランダの宮廷や19世紀ウィーンの歌劇場とかで生まれた音楽なわけで、その時代や社会の空気が濃厚に反映されている)、むしろそれ以上に、「入り口が多すぎてどこから入ったらいいものやら」というのが真実ではないかと思うのだ。

 この連載を読まれる方の中にはクラシックがもともと好きと言う方もいらっしゃるだろうけれど、これから聴いてみようと思っている方も多いかもしれない。どちらかといえば後者の方に向けて僕は書いてみたいと思うのだが、そういう方にとっても、クラシックに期待するものは千差万別に違いない。癒しや安らぎか、超絶技巧か、ドラマか、感動か、スリルか、非日常か。そのすべてにクラシックは応えうるとは思うけれど、解答もまた無数にあり、どれが「あなたの」求める音楽なのか、僕は正直自信がもって選ぶことができない。

 だから、違うアプローチでいこう。僕はクラシック好きだが、たぶん学校の音楽の授業で聴かされる「正規ルート」ではないところからクラシックに入ったという気がするし、「自分にとって面白い」ことが最優先でお勉強的でなく聴いてきたせいで(まあそもそも音楽を聴くというのはそういうものだが)、結果的にけっこう起伏に富んだ景観を旅してきたという気がする。そこで、この連載では僕のクラシック音楽遍歴におつき合いいただく形で音楽を紹介してゆくことをあらかじめご了承いただきたい。その結果「これもクラシックなの?」という変なものに出遭っていただくことになるかもしれないが、何が飛び出すかわからないアトラクションに乗ったつもりで、お楽しみいただければ幸いである。

 さて、僕がクラシックを本格的に好きになったのは小学校3年の頃。それまでは、親父がジャズ好きだったせいで、ジャズばかり聴いていた。アート・ブレイキー《モーニン》とか、ジョン・コルトレーン《ブルー・トレイン》とか。小学生でジャズとは生意気な、と思われそうだが、要するにたまたま近くにあった音楽が面白かったから聴いていたのだ。子供って、有名かとか高尚かとかどうでもよく、面白いものに即応する、そんなものでしょう。小学校低学年の僕にとっては、それがたまたまジャズだったのだ。

 転機が訪れたのは、通信教育(今でいうベネッセの「チャレンジ」みたいな奴)の教材を親が申しこんだときに、特典で購入してくれた『少年少女世界の名曲』というLPセット。これにクラシックがみっちり詰まっていて、さっそく僕は未知の音楽をどんどん聴くようになった。今思うと、これを選んだ母親には、彼女にとってはいささか騒々しいジャズという音楽にはまっている息子を、クラシックに改宗させようという策略があったのかも知れぬ。で、僕はみごとに罠にかかってしまったのだ(ジャズに戻ってくるのは、はるか後の高校時代になる)。アドリブ・プレイのスリルとはまた違う、がっちり構築された音のドラマに、すっかり夢中になってしまったのだ。ロッシーニ《ウィリアム・テル序曲》とかサラサーテ《ツィゴイネルワイゼン》とかブリテン《青少年のための管弦楽入門》とか、とにかくにぎやかで盛り上がる曲が好きだった。そしてだんだんベートーヴェン《田園交響曲》とかグリーグ《ピアノ協奏曲》といった、大曲にはまるようになった。

 さてこの頃聴いた音楽から、ご紹介させていただくのは何か。実は、このセットには、とても気になる曲が入っていた。それは日本の作曲家・小山清茂による《管弦楽のための木挽歌》という曲だ。これは1957年の作品で、九州民謡「木挽歌」をテーマにつかった変奏曲。他のヨーロッパの作曲家とはまったく違う、日本人として妙になじみのある旋律が使われていて、最後はお祭り的に盛り上がり、「へー、クラシックにはこういうのがあるのか」と驚き気に入ってヘヴィー・ローテーションしていた。日本人にとってヨーロッパのクラシック音楽は一見遠い世界だが、こうしてその技法と精神を、日本の伝統と結合させようと試みた曲もたくさんある。僕ら日本人がクラシックに親しむにあたって、まずこういう音楽からご紹介するのもありなのかな、と思った。

 とはいえ、《管弦楽のための木挽歌》は佳曲だけれど、今の耳で聴くとちょっとナイーヴな、素朴な感じがする。なにしろその後、僕はこの種の曲で、もっととんでもないものに出会ってしまった。だから、「音楽遍歴」といいつつ、その頃知らなかった音楽を紹介するのはいきなりちょっと反則なのだが、許していただきたい。何しろすごい作曲家なので。その作曲家は、伊福部 昭(いふくべあきら)という。(ふう、ここまで来るのに2,200字もかかってしまったぞ)

 この名前をご存じなくても、映画『ゴジラ』のテーマを作曲した人、といえばああ、なるほどと思われるだろう。そう、ゴジラ、ゴジラと旋律に合わせて歌いたくなるあの強迫的、サスペンスフルなオーケストラ曲を書いたのが伊福部 昭(1914~2006)。今回ご紹介するのはその伊福部の傘寿を記念し1993~94年にかけて行われた演奏会録音をまとめたCDである(しばらく幻だったが再発売された)。1930年代から70年代末まで、その幅広い創作年代の代表的オーケストラ曲をカヴァーする好選曲で、これから伊福部作品を聴こうとする方にはぴったりだと思う。2枚組2,000円と安いし(ただしタワーレコード限定発売なのでご注意を)、伊福部の音楽を知り尽くした博覧強記の天才評論家・片山杜秀さんが若き日に書かれた卓抜な作曲家論(伊福部を「種」の作曲家と規定する)が読めるのも嬉しい。

 伊福部の音楽は、『ゴジラ』のテーマ曲からもその一端がうかがい知れるように、執拗な反復と怒濤のリズム、華麗なオーケストレーションによって聴き手に息つく間もなくたたみかけてくる強烈なものばかりだ。用いられている旋律の素材はたしかに日本あるいはアジア的なものを感じさせるのだけれど、すっかり解体再構築され、伊福部頭脳の溶鉱炉の中で鍛え直されている。前述《木挽歌》が民謡にヨーロッパの衣装を着せたのなら、こちらは日本そして汎アジアの「血」をクラシックに注入し、そのすさまじい生命力でクラシックを内側から食い破る音楽だ。楽曲構造やハーモニー、作曲技法はまぎれもなくクラシックなのに、日本人がアジアの側からその鼻面をつかんで「俺らの音楽はこれなんだよ!文句あるか!」と引き回しているようで、実に痛快。まずこいつを聴いて、クラシックの「幻想の敷居」をぶち壊し、乗り込んでいくというのはいかがだろうか。ちなみにこのアルバム、収録曲順にあえて従わず、作曲順に聴いてゆくと、伊福部音楽がどんどん大胆奔放になってゆく軌跡がたどれて面白い。《シンフォニア・タプカーラ》の終楽章は、聴くだんじり祭りか諏訪大社御柱祭か、という熱狂と興奮だ。『ゴジラ』のテーマも織り込んだ《SF交響ファンタジー第1番》は楽しいオマケとしてどうぞ。

Text by 矢澤孝樹

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伊福部昭: 傘寿記念シリーズ / 新交響楽団

【収録曲】
伊福部昭:
<CD1>
1.オーケストラとマリムバの為の《ラウダ・コンチェルタータ》
2.日本狂詩曲
3.交響譚詩
<CD2>
4.管弦楽のための《日本組曲》
5.シンフォニア・タプカーラ(改訂版)
6.SF交響ファンタジー 第1番

【演奏】
安倍圭子(マリンバ)(1)
石井眞木(指揮)(1)、小泉和裕(指揮)(2)、原田幸一郎(指揮)(3、5、6)、小林研一郎(指揮)(4)
新交響楽団

【録音】
1993年9月7日 (1)フィルハーモニー,ベルリン
1994年1月29日 (2)東京芸術劇場
1994年4月23日 (3)東京芸術劇場
1994年7月23日 (4)東京文化会館
1994年10月10日 (5、6)東京芸術劇場

伊福部昭: 傘寿記念シリーズ / 新交響楽団
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1件のコメント

投稿者: : 2012年4月11日 投稿先 1.Classic(クラシック)

 

クラシックを食い破る日本人―伊福部 昭《傘寿記念シリーズ》」への1件のフィードバック

  1. タバチン

    2012年4月12日 at 17:36

    相変わらずの素晴らしい文章構成能力とプレゼン能力ですね〜。感心します。

     

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